中東

パルミラへ

ホテルをチェックアウトし,荷物をまとめてシャームパレスホテルへ向かう。ダマスカス一の高級ホテル。吹き抜けの優雅なロビーは,写真のとおりだ。目的のHertzレンタカーのオフィスは外だと言われてしまったので,ゴージャスホテルのロビーを堪能することもなく,ホテルの外に出る。
RENAULT(ルノー)のClioを距離制限なしで3日間借りる。保険の内容が米国と違うらしい。「万が一何か起こったときにあなたがしなければいけないことは何か?」なんて試験 のような質問をされて,戸惑う。気軽に運転できると思っていたけれど,甘いんだろうか?
しばらくしてやって来た車には,ドアにでかでかと『Rent a Car』のシールが貼られていて,これまたびっくり。「車を傷つけるような悪い奴はいないよね?」と聞くと,「そりゃそーだ」。ホッ。あとでわかったが,シリアでは,車両の損傷事故や盗難の心配は少ないらしい。

最初の1時間は,慣れないのと道がわからないのとで,超緊張。どこ向いても磁石がS(南)を指す。えっ?えっ!?このままじゃゴラン高原方面じゃない?危険地帯じゃない?
大いにあせって,でも道もわからないからもう次の看板が出るまでしょうがないや,って覚悟決めてあきらめていたら,ちゃんと北に向かっていた。もう,わけわか らん。
しばらく北へ向かって走っていたが,標識にパルミラのパの字も出てこなくて困った。だがそのうち,ホムスHOMSから分岐してパルミラPALMYRAの文字登場。いやったー!やっぱり,こっちでよかったんだぁ。
少し緊張が解けて,初めてガソリンメーターに目をやると,残り1/4を切っている。まだ1時間位しか走ってないのに!?なんだい,満タン借り満タン返しじゃない のかい。給油しないと早く。

小さな町でスタンドを見つけて入ったら,店のお兄さんはなにか困った顔をしている。あちこちうろうろしたあげく,ドラム缶から小さなひしゃくで中身を汲もうかどうしようか迷って行ったり来たりしている。な,ないの,ガソリン!?
困ってる顔のわけを聞こうとしても,お互い言葉が通じず,相手も伝えようがなくてさらに困り果てている。
お兄さんの側にいたおじさんが,「いいから俺を乗せてけ,こっちだ」と言いだした(正確には,アラビア語がわからないので,そぶりでそう解釈)。言われるがまま隣に乗せて走ったら,別のもっと近代的なガソリンスタンドに連れていってくれて,今度はちゃんと満タンにしてもらえた。 ああよかった。
おじさんは,「それじゃ」と帰ろうとするので,「待ってよ,もとのガソリンスタンドまで連れてってよ,言われるがまま来たんだから道わからないよ。」と引き止めると,よっしゃとばかりまた乗り込んで,あっちだこっちだと指示してくれた。元のガソリンスタンドに戻ったので,おじさんありがとう,と降ろそうとすると,このまま行けと言う。おじさんのうちまで送れってことかな?いいでしょ,もちろんですわ,と走り出すと,そのままその町のはずれまで来てしまった。おじさんは涼しい顔で,音楽テープはないかなんて助手席の小物入れを覗いてる。「無い無い」と言うと,おじさんは面白がって「ナイナイ」と口真似した。
そんな場合じゃないよ,「おじさんのおうちはどこ?どこで降りるの?」必死に聞くけど,通じない。アラビア語会話集を取り出して,「私は行く,あなたは帰る。」「私は,タドモル(パルミラの現地名)に行く,あなたはウチへ帰る。」「どこ?」など通じそうな単語を片っ端から羅列するが,通じない。逆におじさんから 機関銃のように浴びせられるアラビア語も,ちっともわからない。もうしょうがないな,さっきのガソリンスタンドまで戻って降ろすかとUターンすると,そっちじゃないこっちだと今度は別の道を指差す。おお,観念して家を教えてくれるのね。
家に着くと,「寄ってけ,食べるだろ?」と私を車から連れ出す。まあ,お茶飲むくらいならね,とついていく。あわてて運転席のドアのカギをしめたけど,ほかの3つはあいたままだった。マヌケな運転手。

突然の珍客に家の人は怒りもせず,歓待してくれた。家にいるのは,女子供のみ。言葉が全然通じない。会話集も車に置いてきてしまって,カタコトも話せない。
イザというときのために持ってきたおもちゃを女の子にあげた。とりあえず喜んでもらえたようだ。隣の部屋に行ったおばあちゃんに見せに行った。
若いお嫁さんは,「ねえ,カバンの中見せて」と遠慮なく人のカバンをごそごそさぐる。これは?これは?とひとつひとつチェック。ティッシュを見つけて,匂いを嗅いでいる。
甥の写真を見せたら家族の話とかで盛り上がれるかと思ったが,反応はイマイチ。

そして,写真撮影会。これがやはり一番盛り上がる。ポラロイドカメラの使い方を覚えた若いお嫁さんは,いやがるお母さんを撮ろうとする。
身内同士なら,写真を撮っても構わないのかな?

そのうち,午後3時という中途半端な時間だというのに,ご飯が出てきた。いやー,こまった。こりゃ長くなりそうだぞ。

そのうち,変な外人が来てるぞと近所に噂が広まったのか,子供や大人がどんどん集まってきた。みんなとゆっくり親交を深めたいのはやまやまだけど、急がないとパルミラの夕日にも間に合わない 。悪いけどと,30分ほど滞在の後,席を立った。
最後にポラロイドカメラでお嫁さんとツーショットの写真を撮った。あんた,日本にいたら間違いなくどっかの町一番の美人だよ。 本当,チャドルで他人の目から隠しておきたくなっちゃう男の気持ちもわかるくらい,美しい顔立ち。昔からさまざまな民族の襲来したシリアの町には,こんな美男美女がきっと大勢いるんだろう。

シリアの家庭料理?

スプーンから時計回りに,トマトとキュウリのサラダ,鶏肉入スープ,オリーブの実の漬物,ヨーグルト,茄子の柔らか煮,鶏肉スープ,中央は鶏肉かけご飯。

彼女は,なぜか見知らぬ異国人に警戒心もなくうちとけて接してくれた。年の近い友人みたいで嬉しかったのかなあ?ちょっとほのぼの。

「さ,いこーか」とおじさんはまた自ら助手席に乗り込む。「いや,いいよ,もう多分町のはずれまでの道はわかるよ。でもま,そんなに見送りたいなら」ととりあえず乗せたまま走り出す。でも,再び町の外れに来ても,このまま行けという。
この人は一体どういうつもり?途中で降りて帰る手段はあるのか?ついでに隣町の親戚のうちまで行こうとか考えてるのか?ぐるぐる頭の中で疑問が渦巻く。
通りすがる町の知り合いに,ちょっと誇らしげに手を振ってるおじさん。さ,じゃなにか音楽でも…とグローブボックスを探す。
私「無い無い」
おじさん「ナイナイ」
…この会話,さっきもやったよ。
はっ!そんなくつろぎモードにはいってるってことは,まさか…
そういえば,さっきのむちゃくちゃわけわかんない会話の中に,人差し指をそろえて交互に突き出すジェスチャーがあったぞ,あれって,確か会話集の中にあった…まさか…まさか…!?
急ブレーキ!
急いで会話集を開く。あった!やっぱりそーだ。サワサワ。『一緒に』って意味だ…。
「おじさん!私もうここには戻らないのよ,行き先はパルミラだけじゃないの,その先,ずーっと先にも行くの,ぐるーっと回って最後はダマスカスなの!私は一人で行く,あなたはうちに帰る!」
日本語とめちゃくちゃなアラビア語とで,また繰り返し同じことを言うが,通じない。…いや,通じたみたい。手の甲を上に向けて喉を掻っ切る仕草をする。「一人で行ったらこれだぞ,危ないぞ。」
ようやくわかってきた。女一人じゃ危ないからってボディガードのつもりなんだ。さっきGSでひきとめたから,勘違いしちゃったのか?俺って頼られちゃってるぜーぃなんて思わせちゃったらしい。ぐわーん。それにしてもなんと大胆な(あちらにしてみれば,私の方こそ女一人で旅するなんて大胆と思ったかもしれない)。いや,親切というべきか。ずーずーしーというのか。
「ダメ。一人で行くの。」おっちゃんの思惑がわかったからには私も厳しい顔でUターン。もおー,だいぶ走っちゃったじゃないの。
今度はおじさんが慌て始めた。私の耳元でがんがんわめくが,もう受け付けない。町の外れに(これで3度目だよ,ここ通るの…)止まってバイバイというと,おっちゃんは最後の説得にかかったが,頑としてきかない私にあきらめて降りていった。
ありがと,おじさん。多分やさしさからと好奇心からと半々なんだろうけど,悪いけど私一人でいきたいから,ゴメンネ。
意気揚揚と町を出て行ったはずなのに,舞い戻ってしまったおじさん,その後家族にどう迎えられたのかは,わからない。

なんだかいつまでたっても一向に広くならない道に,こっちでいいのかなぁ?という一抹の不安を感じていたが,そのうち高速道路らしくなってきた。とりあえずPALMYRAが標識に出てきて,一安心。磁石も正しく北東を向いている。

バグダッドへ行く別れ道にきた。ここを右に行くと,今話題のイラクなんだなー。あと200kmも走ると。ま,南に100kmでもイスラエル,西に100kmでもシーア派の拠点で空爆の危険性のあるベカー高原,どっちに行っても緊張する地帯なんだけど。
ふと,今日は食事に一銭もお金を使ってないことに気がついた。人の好意に甘えてきている。

砂漠らしい風景が広がってきた。指の形の山とか,アメリカ西部のデスバレーの光景に似ている。
夕日に間に合わせようと急いだけれど,結局間に合わず。雲もあってあまり夕焼けも期待できないだろうし,とあきらめた。
18:00過ぎごろ,パルミラ着。超豪華で居心地がいいよと勧めてもらったシャームパレスは,ゴーカさを楽しむ時間がもうないと判断,ゼノビアホテルに決めてチェックイン。102号室。フロントの人は,隣の101にも日本人の女性が一人だと言ってその人のパスポートを私に見せてくれた。おいおい,勝手に他人にパスポートなんて見せていいの? 
社会人で女性一人ってことで同じ境遇?話せるかな?と一応電話してみたが留守みたいだった。

食事前に,ライトアップされた遺跡を撮っておこうと,記念門に向かった。ホテルのすぐ前で歩いて5分ほどなのだ。赤い布かぶった男の人が,「マダム」と 呼びかけて,記念門の方から自転車でこっちに来る。押し売りっぽいので無視していると,戻って記念門の前で待っている。私,写真撮りたいだけなの,他は何も用はないの。ごめん。写真を撮ってホテルの方へすたすた戻ると,自転車で ずーっと追いかけて,しつこく話しかけてくる。

乾いた大地をドライブしてきて,きれいな部屋とあついシャワーと冷えたビールが待っているとは,なんて素敵な事だろう。食事は,ホテル併設のレストランの外のテーブルで,目の前のライトアップされた遺跡を見ながら,ケバブ料理を頂いた。なんとローカルビールというのがあるのだ。ちゃんとシリアビールって書いてある。のどにしみわたるよぅ。キーン。
至福のひととき,あーもう,何も言うことはありません。あえていえば,足元の猫6匹が邪魔かな。
客が餌付けして慣れてしまったのか,テーブルにまで乗ってきたのには驚いた。椅子に乗ってカバンに手をかけたり,皆一斉にこっちを見てる。肉を狙ってるのか?なんで猫に取られるかも?という恐怖を感じつつ食事をしなければならないんだ。こっちだってやっとありついた夕食なんだぞ。
猫好きにはこれもまた至福なのかもしれないけれど。猫が嫌いなわけではない私がこうなんだから,猫嫌いにとってはたまらないかもしれない。
後ろにいた夫婦は,猫に食事のかけらを与えていたようで,ザッと猫が集まって争う様子を夫人は面白がって,「ホホホ」と笑ってい た。私にはあまり微笑ましい光景には見えないなあ。それに,仮にも食物を扱ってるレストランで,大量の猫が闊歩してるってどうなの?
お勘定,10sp足りなくて,負けてもらった。
今日こそはと思いつつ,また21:00頃寝てしまう。

 

コラム:悲劇の女王

パルミラは,四方を砂漠に囲まれている。何時間走っても景色の変化しないベージュ一色の世界に,突如として緑に溢れた町が現れる。この砂漠の真中のオアシスは,古来シルクロードの中継地点として栄えてきた。
パルミラで滞在したホテルは,パルミラが絶頂期を迎えた3世紀に女王として君臨し,伝説として語られているゼノビアZenobiaの名を冠していた。

パルミラの女王ゼノビアは,聡明で大胆な策略家であり,絶世の美女であり,頭脳明晰で勇敢な女性であったと伝えられている。クレオパトラを敬い,自らエジプト プトレマイオス朝の末裔と称したという。

パルミラ王の第二夫人であったゼノビアが我が子を擁立してパルミラの支配者となったのはAD267年。そもそも,パルミラ王の死もその後継者であった第一夫人の王子達の死も,ゼノビアの謀殺である可能性が高いと言われている。
女王となったゼノビアは,破竹の勢いで領土を拡大,ローマ帝国の支配するエジプトに遠征してローマからの独立を計るが,アウレリアヌス帝率いるパルミラ討伐軍に包囲されてしまう。彼女はアウレリアヌス帝からの降伏勧告を拒絶,自ら新興勢力ササン朝ペルシアの援軍を要請するべく包囲網を破ってユーフラテス河を越えようとするが,ついにローマ軍に捕らえられ,パルミラは陥落する。ゼノビアが政権を掌握してからわずか7年後のことだった。

その後,アウレリアヌスの凱旋に連行される途中で病死したとも,ローマで裕福な余生を送ったとも伝えられるが,定かではない。
女王の権力失墜と共に,都市国家パルミラの名も歴史の舞台から姿を消してしまう。

***

何千年も経ったとは思えないほどきれいな形で残されている遺跡がライトアップされ,漆黒の闇の中オレンジ色に浮かび上がるのを眺めていると,遠い昔同じ建物の周りで繰り広げられたであろうドラマに思いを馳せ,ロマンチックな気分に浸る。
クレオパトラに匹敵する美貌を持ち,クレオパトラより勇敢で英知に長けた女性であったとする説もあるのに,パルミラのゼノビアがクレオパトラほどに有名でないのは,クレオパトラとシーザーのようなロマンスがなかったからだろうか。それとも,アウレリアヌス帝が再三の降伏を勧めたのは,捕らえられた後も処刑されることがなかったのは,実はローマ皇帝とのロマンスがあったからなのだろうか?だとしたら,尊敬するクレオパトラが画策したように,ローマ皇帝を虜にして自分の国を守るという策略も考えられただろうに,それを選ばなかったのは何故なのだろう?

 

< UAE入国 > < シリア入国 > < 世界最古の町 > < パルミラへ > < パルミラ遺跡 > < ハッサケ > < ハマへ > < 天空の城 > < レバノン入国 > < フェニキア人の故郷 >

TOMBOY home > 旅行記 海外編 > 中東 > パルミラへ

<このページの最終更新日:08/10/30 >