アルゼンチン

塩の海

country road 都会を抜けて、だんだん周りの景色が変わってきた。山もなく、谷もなく、でも、大平原が広がっているという景色ではない。低木がそこここに。サボテンまでも。サボテンなんてマルコの旅に出てきたっけ?(オープニングの最後に、サボテンの荒野を進むマルコの後姿シーンがあるのを帰国後確認)
サボテンはいいけど、あれ、あれはなに?左手の方の地面が一面真っ白。湖?急きょ寄り道。
なんだろう、これは。塩?地図には、Salinas Grandes(Great Salt mines)とある。そういえば近くにはRio salado(塩の川)とかLags salads(塩の湖)とかがたくさんある。はるか遠くまでずーっと白い!ちょっと驚き。そうそう、そういえば、マルコの話の中に、塩の海って出てきた、確か(第47話)。

Salinas Grandes
雪じゃなくて塩

cross
塩田の入口に鉄道の踏み切りがあった。現役?
ここって塩田なんだろうか?この線路ってまだ使われてるんだろうか?何で運んでいるんだろう?昔塩を集めていた頃に使われていたものだろうか?この鉄道はもう使われてなさそうだもの。

舐めてみると、やっぱりしょっぱい。

 

コラム:アルゼンチンの塩

Salinas Grandes(サリナス グランデス):コルドバとツクマンの間に広がる塩砂漠。面積8290平方km。ナトリウムとカリウムが採掘される。

アルゼンチンの輸出鉱産物のうち、9割以上が第1位の銅だが、第5位が塩。アルゼンチンでは塩は海から作るものではなく、採掘するものらしい。

自然派ブームで、最近は、天然の海水ミネラルを含む『アンデスの塩』というのが人気があるようだ。アンデス山脈は、昔海だったところが隆起してできたもの。標高3000メートルの高地にあっても、海水のミネラルを含んだ岩塩が採掘できる。周辺には、塩湖や塩湖が干上がった塩地帯が多い。salt

チリ、ボリビア、アルゼンチンの国境にあるアタカマ砂漠には、「月の谷」と呼ばれる塩原が広がる。「月の谷」は、5000万年前に塩湖だったところが干上がってできたもので、地中には厚さ約1.5メートルの岩塩層が続いている。

Salinas Grandesの厚さ5mm程の塩の層

 

donkey
ばあさま!?
町のはずれに、一頭のロバがつながれていた。
マルコが、サンチャゴ・デル・エステロに向かう牛車隊から老ロバ・ばあさまをもらって別れたのも、ちょうどグランデス塩地を抜けた辺りだった。
オープニングに出てくるので、ばあさまとの旅は相当長いものと思っていたが、実は第47話と48話のみ、日にちにして2日だけだったのだ。期間は短くても、ひとりぽっちの淋しい旅の途中で、世話をしてきたばあさまが死んでしまうことで、マルコにとってはショックなできごととして描かれている。
ひたすら北へ向かう。泊まれるような町がなかなか見えてこない。とうとう日が暮れかけてきた。

Friasという町でホテルを探していると、燃えるような夕日が目に入った。昨日もきれいだったけれど、今日のもきれい。思わず車を停めて、シャッターを切る。

dusk
monster tree
アニメに出てきそうなオバケ顔の木
町なかをうろうろ走っていると、ようやくHOTELの文字が見えてきた。ホテルの前にいた若い女性に、部屋を探してるんですがとスペイン語で聞いてみると、英語を話しますか?と流暢な英語。わぁ、こんな小さな町で(というか村みたいだけど)、英語を話す人がいると思わなかった。どっと緊張感がほぐれる。ヨーロッパを数ヶ月旅行したことがあるのだって。日本人とも友達になった、今でも文通しているのよ、とその日本の名前を教えてくれた。なかなかの美人で、しゃきしゃきしていて、気持ちのよい子だ。
聞くと、1室$30だという。昨日より安いじゃない。しかも部屋は広いし明るいし水周りも清潔でテレビまでついている。日もとっぷり暮れてきたところでどうしようかと思ってたところ、助かった。
ホテルを探している途中、町の広場に、何か奇妙な建物を見つけた。あれは巨大なテント?
CIRCOと書かれたトレーラーがある。サーカスだ。
へーえ、こんな小さな町に。

近づいてみると、今その準備の真っ最中らしい。開演を待ちかねた子供達がたむろしている。テントに近寄って物珍しげに眺めていると、ひげを生やした男の人が、何か話しかけてきた。ガイドブックに載っている簡単な会話を指しながら、コミュニケーションをはかる。

circo
派手さはないけれど星の電飾がウキウキを誘う
nino 「どこからきた?」
「日本からよ。」
「いつ来たのか?」
「昨日。サーカスはいつやるの?」
「今晩。9時からだ。」
「本当?9時からね?わあ、じゃあ見に来よう。」

会話している周囲を興味深々な子供たちが取り囲む。年の頃は6-8歳位だろうか。

「ねえ、日本から?日本から?日本てxxxなものがあるの?(ジェットコースターのこと聞いてたらしい)」
警戒心のかけらもなく、好奇心のかたまりで目を輝かせて聞いてくる。すごい。子供達のまっすぐな視線にけおされる。

サーカス開園までまだ2時間ほどある。一旦宿に戻って夕食を食べなくちゃ。じゃあね、またね、と走り出したものの、車の後をつけてきたのか、数百メートル先にあったパン屋さんに入った私達を子供達が入口で待ち構えている。
やたらピカピカにきれいなパン屋さん。あまりお腹もすいていないので、じゃあサーカスの最中につまめるものを買いましょう。売り子の若い女性二人は、十代のようだ。彼女らも、滅多に見ない東洋人の旅人に驚いている。たどたどしい英語とたどたどしいスペイン語で会話をする。あまり愛想がないと思っていたが、恥ずかしがって緊張していたのだ。どうも、夕食を一緒に食べたいといっているようだった。ごめんなさい、私達、今夜はサーカスを見るの。あとで考えてみれば、その次の日に会う約束をしてもよかったのだ。予定の決まった旅でもなかったのに、せっかく異文化コミュニケーションしたいという人たちと触れ合う機会を蹴ってしまった。とは、後から後悔したんだけれど。

サーカスは、案の定9時をすぎてもすぐには始まらなかった。入場料は$1.5。本当に?そりゃ、こんな小さな子供達が入れるのだもの、安いだろうけれど、それにしても安い。チケットと飲み物を買って中へ。床もシートもなく、地面にそのまま錆びた椅子が並んでいる。指定席なんてなし。自由に座れる。私達は、正面の一番見やすい場所を陣取った。 acrobat
audience パン屋さんにまでついてきた子供達は、今度は売り子に変身。どうも、単なるお客ではなく、サーカスを見に来るお客にお菓子やおもちゃを売る商売人だったようだ。人は他にもたくさんいるだろうに、私達が買うそぶりをみせたわけでもないのに、わざわざ隙間もないような私達の膝の前を何度も行き来していった。別に買ってもらおうというわけでもないらしい。ただ単に、ちょっと知り合いになった外国の女の人が物珍しくて、そばを通りたいだけなんだろうな。でもいっぱしの売り子らしく、ちゃんと声をはりあげて商売もしている。大したもんだ。
ようやくサーカスが始まった。フラフープのような輪をいくつもぐるぐる回す女性、鉄棒での大車輪やバランスとり、綱渡り、お手玉、最後は空中ブランコなど、廉価な入場料の割に、芸目は多彩だった。合間にちゃんとピエロの親子の漫才もあり、これが一番受けていたようだった。言葉のわからない私達には、会場がどっと笑いに包まれてもよくわからないのだけれど、皆、楽しそう。ピエロの子供役のぼうやの台詞がちゃんと決まっていて、役者だなあという感じ。
1時間半位でサーカスは終わった。健全なものだ。
spiderman
宿に戻ってテレビを見ていると、日本のアニメが出てきた。東京タワーまで。うわ。こんなところまで日本のアニメ進出か。すごいぞ。

サーカスを見に行く前に、昼間見たニュースの真偽を確かめに、電話局へ行った。ニューヨークでテロですって?ひとまず、ニューヨークの友人は無事なようで安心したが、これで一体どんなことになるのか、詳細のわからない私達には、皆目見当がつかない。ここアルゼンチンでは、巡業サーカスで町が賑わう平和な夜が過ぎている。私達は4日後、ニューヨークへ飛びたてるのだろうか?

 

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<このページの最終更新日:06/03/06 >